【レビュー】『ギリシア人の物語Ⅰ民主政のはじまり』塩野七生

名著『ローマ人の物語』の前の時代、ギリシア人の物語を塩野七生さんが書いてくれました。

全3巻。この第1巻では、ギリシアの都市国家の成り立ちや、ギリシアを代表するポリスであるアテネとスパルタの特徴、そして、ペルシア戦役までが描かれています。

冒頭の「読者への手紙」で、なぜ今になってギリシアを書こうと思ったのかについて書かれています。

「ギリシア・ローマ時代」と呼ばれるほど重要な時代なのに、『ローマ人の物語』でギリシアについて取り上げたのはわずか52ページ。これではあまりにギリシアに失礼だろうと思ったのが1点。

そして2点目として、最近耳にすることが多くなった「民主主義とは何か」という問いに対して、古代ギリシアにおける民主主義の成り立ちを描くことで塩野さんなりに答えたいということです。

では、以下に簡単ではありますが、私が読んでおもしろいと思ったところを書いていきます。

目次

スパルタ

まずは「スパルタ教育」の語源ともなっている都市国家スパルタについて。完全に肉体勝負、軍事大国。コテンラジオでは「脳筋(脳みそまで筋肉)」とまで言われる存在。

スパルタでは生まれた時から戦士になるための徹底的な「スパルタ教育」が行われます。

まず、子供が生まれるとすぐさま肉体的なチェックが行われ、障害がある子供はそもそも市民階級には入れません。試験に合格した子供は、7歳になると寄宿舎に入り集団生活を始めます。そこでは、最低限の読み書きの授業以外はひたすら肉体を鍛えます。寄宿舎はテント。食事は肉を煮ただけの黒い激マズスープ。20歳になると、成年の通過儀式として、山林に放り出され7日間生き延びた上に、奴隷を一人殺して首を持ち帰らないといけません。30歳になったら結婚が許されますが、60歳の定年までは集団生活を送りながら鍛錬を重ねます。

これだけですでにおもしろい。陸での戦いではめっちゃ強いスパルタ人ですが、なんせ脳筋なので、外交方針を決めて動くまでがめっちゃ遅くて、いつもアテネにお尻を叩かれていたそうです。

アテネ

スパルタと並ぶ二大巨頭アテネ。いろんな意味でスパルタとは対照的です。海外雄飛の気運が旺盛で、積極的に外へ出て行って貿易をします。国内では、ソロンの改革に始まり、ペイしストラトスの独裁政治、クレイステネスの改革、テミストクレス、と次々にバトンを渡して国政を作り上げていきます。ソクラテス やアリストテレスを生み出したように、学問が発展しています。

古代アテネで民主制が生まれた、と教科書では一言で習いますが、塩野さんによれば、古代アテネのデモクラシーは「国政の行方を市民(デモス)の手にゆだねた」のではなく、「国政の行方はエリートたちが考えて提案し、市民(デモス)にはその賛否をゆだねた」ということになります。

アテネの民主性は、高邁なイデオロギーから生れたのではない。必要性から生れた、冷徹な選択の結果である。このように考える人が率いていた時代のアテネで、民主主義は力を持ち、機能したのだった。それがイデオロギーに変わった時代、都市国家アテネを待っていたのは衰退でしかなくなる。

アテネークレイステネスの改革

第1次ペルシア戦役:マラトンの会戦

同時に、中東で巨大な領土を築き上げていたペルシア帝国のダリウス1世が、西方のギリシアにも手を伸ばしてきました。もともと戦いばっかりしていたギリシア諸国(戦いを強制的にストップするために4年に1度のオリンピックが開催されました)。しかし、今回はギリシア全体のピンチ。対照的な性格のスパルタとアテネも、外敵には協力して戦いました。

数では優勢なペルシア軍は軽装歩兵。一方、数では劣勢のアテネ軍は防御力抜群の重装歩兵。マラトンではこの両軍がぶつかり合い、アテネ軍が勝利します。

結局戦いに合流しようとしたスパルタ軍が現場に到着したのは戦いが終わった1日後。遅い・・・

第2次ペルシア戦役:テルモピュレーの戦い

Wikipedia

マラトンの会戦から10年、ペルシア王クセルクセスが再びギリシアに攻め入ってきます。サラミスの海戦でアテネが活躍し、プラタイアの会戦でスパルタが活躍して、ギリシアはペルシアに完勝します。

そして本書では、スパルタ王レオニダスがペルシア軍に激しく抵抗したテルモピュレーの戦いについて詳しく描かれています。

レオニダスはもともと王位としては四番目だったので、王になるとは思われてなくて普通に7歳から寄宿舎に入り、成人の野蛮な通過儀礼も行ってスパルタ戦士となっていました。それが、上位の3人とも死んでしまって、王位が回ってきます。

ペルシア王クセルクセスはテルモピュレーの険しい山道を強行突破する直前、そこを守ろうと待機するレオニダスに使者を通じて「武器を差し出せば、各自の国への自由な帰国を許す」と言ってきます。それに対するレオニダスの返答は、

「モロン・ラベ」(Molon Labe)ー「取りに来たらよかろう」

かっこいい!!これぞスパルタの戦士!

ペルシア軍20万人に対し、ギリシア軍は計1400人。中でも最後まで戦い抜いたのはレオニダス率いるスパルタの300人でした。この300人の戦いを描いたのが映画『300<スリーハンドレッド>』です。

紀元前480年の8月に行われた、史上有名な「テルモピュレーの戦闘」は、スパルタ兵の最後の一人が戦死して終わったのである。
スパルタの戦士にとっては哲学と言ってよい、「勝つか、それとも死か」を、貫き通した戦闘であった。レオニダスと彼が率いたスパルタの三百は、混じりっ気なしのスパルタの戦士として、闘い死んだのである。
ペルシアの脅威が去った後で、戦場であったテルモピュレーには、次の詩を刻んだ記念の碑が立てられた。
「異国の人々よ、ラケイダモン(スパルタ)の人々に伝えられよ。祖国への愛に殉じたわれらは皆、この地に眠ることを」

テルモピュレー

まとめ

第1巻で圧巻だったのは、やはりスパルタの戦士たちでした。ギリシア人たちが都市国家をつくり、エーゲ海で貿易をしたり重装歩兵で組織的な戦いを行っていたのが今から2500年も前というのが信じられません。

次の第2巻では、民主制が一番機能していた時代、ペロポネソス同盟とデロス同盟、についてが描かれます。

『ギリシア人の物語Ⅱ民主政の成熟と崩壊』のレビューはこちら

『ギリシア人の物語Ⅲ新しき力』のレビューはこちら

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