【レビュー】『絶望を希望に変える経済学 社会の重要問題をどう解決するか』

経済学は、経済学者にまかせておくには重要すぎるのである。

著者のバナジーとデュフロは、2019年のノーベル経済学賞を受賞した経済学者です。本書は、ビル・ゲイツの2020年版「今夏必読の5冊」にも選ばれています。

二極化が進む世界。お互いに意見を交わし合い、歩み寄ることが難しくなっているようにも思います。そのことに危機感を覚えた二人の天才経済学者が、移民や貿易、格差や気候変動などの問題について、経済学の観点から一般の人たちにもわかりやすい言葉で書いてくれています。

やさしい語り口でとても読みやすかったです。

目次

よい経済学と悪い経済学

二人は、経済学には「よい経済学」と「悪い経済学」があると言います。アメリカ人にアンケートを取ると、経済学者への不信感が強いことがわかりました。著名な経済学者はこう考えていますよ、と情報を与えても、一般回答者は自分の意見をほとんど変えなかったそうです。

なぜ経済学者はこんなに世の中の信頼を失ってしまったのでしょうか。その一つの理由は、「悪い経済学」がまかり通っているからだと言います。

テレビなどのマスメディアにたびたび登場する経済学者は、自分の経済的利益となる立場から発言をしており、不都合なエビデンスは無視しがちです。そして、楽観的な将来の経済学的予想はほとんど当たりません。

一方、アカデミックな経済学者は断定を避け、含みを残した結論を出しがちです。さらに、その結論に至るまでの過程を全てテレビなどで説明することはできないので、どうしても曖昧な言い方になってしまうとのことです。

間違いを起こすのは経済学者だけではない。危険なのは、間違いを犯すことではなくて、自分の見方に固執して事実を無視すること

また、経済学と医学の共通点についても以下のように書かれています。

経済学は医学と同じく、「これが正しい」と断言できることがない。せいぜいできるのは、この結論に基づいて行動してもまず大丈夫だろう、と言うことぐらいだ。そのときでさえ、あとで方針転換が必要になるかもしれない。また、基礎科学では定理や法則が確立されているが、経済学はそれを現実の世界に応用するところから始まる点でも、医学と似ている。

Chapter1 経済学が信頼を取り戻すために

移民の問題

「移民の流入は、全員の賃金水準を引き下げる」

よく言われることですが、それは間違っている、と本書には書かれています。労働市場には標準的な需要と供給の関係はほとんど当てはまらないから。移民の流入は労働者の供給を増やすと同時に、労働需要も増やすから。

また、そもそも故郷や家族の絆、リスク回避の点から、人は移動できるとしても移動したがらない。どれほど魅力的なインセンティブを示されても、結局は慣れ親しんだ土地を離れたがらない傾向がある、と強調しています。

好みについての議論

何を正しいと思うか、何を好きかは周りの状況に左右される、とも書かれています。私たちの好みは、誰と一緒にいるか、どんな集団に属するか、ということに強く影響されます。

類は友を呼ぶ行動は、おそらく多くは無意識的な分離につながる。(中略)自分と同類とばかり一緒にいると、ちがう視点に立てなくなり、ちがう価値観を理解できなくなる。これは大きなデメリットだ。その結果、ワクチン接種が自閉症の原因になるといった根も葉もない主張がいつまでもはびこることになる。

Chapter4 好きなもの・欲しいもの・必要なもの

法学者のキャス・サンスティーンは、集団の外の意見が遮断され、最終的には異なる意見を持つ排他的な集団が孤立していくという現象を「残響室(エコー・チャンバー)」に喩えました。同じような意見を持つ人たちが長い残響が生じる部屋にこもり、互いの言うことがわんわん響く中で同じ考えばかりを延々と聞いている、という意味です。

TwitterもFacebookも、このエコー・チャンバーの役割を果たしているだけだ、とも指摘しています。確かに、Twitterで自分がフォローしている人たちの意見は自分と同じことが多いです(自分と同じ意見の人たちをフォローしているから)。でもときどき何かの加減で、自分とはまったく違う考えの人のツイートを目にすることがあり、そこにはそのような意見の人たちがたくさんいて、すごくびっくりすることがあります。世界が分断されているとはこういうことかと。

心理学者のゴードン・オルボードの「接触仮説」も紹介されています。適切な条件のもとでは、人同士の接触が偏見を減らす上でもっとも効果的だという考え方です。とくに、小さい時期、教育現場での多様性がその後の個人の好みに強く影響を残すそうです。

自動化の波

自動化の波によって格差は拡大するか、という問題についても論じられています。

プログラミングも犬の散歩も、機械で置き換えるのは現時点では難しい。ただし言うまでもなく、両者の賃金格差は大きい。ソフトウェア・エンジニアが裕福になれば、犬の散歩をしてくれる人を雇うゆとりができる。(中略)一握りの人間が高い給料をもらい、残り全員はとくにスキルを必要としない仕事に追いやられ、賃金も労働条件も悪化する。

Chapter7 不平等はなぜ拡大したか

また著者は、技術的なスキルは機械で置き換えられていくでしょうが、いろいろなことをこなせる柔軟な人間や、他人の気持ちに寄り添う共感力がますます重要になってくると言います。

実際ここ数十年の労働市場では、認知能力よりも対人能力の方が重視される傾向があるそうです。

救済と尊厳のはざま

著者の主張を読んでくると、ユニバーザル・ベーシック・インカム(UBI)は最も良い社会政策だということがわかります。

以前レビューした『ベーシックインカムへの道』でも述べられていたように、ベーシックインカムに対する反対意見の主なものとしては、財源をどうするのか、一律にお金を渡すと労働意欲がなくなるのではないか、ということです。

関連記事>>【レビュー】すべての人が安全に暮らせる社会を『ベーシックインカムへの道』

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財源については、著者も一番の問題だと言っています。後者の労働意欲については、『ベーシックインカムへの道』で書かれていたのと同じように、むしろもっと頑張って働こうとか、新しいことにチャレンジしよう、という気持ちが生まれる、と言っています。

著者の提案としては、ユニバーサル・ウルトラ・ベーシック・インカムといって、ごく少額の給付をすることで、多くの貧困層の人々を貧困ライン以上に押し上げることができる、と言います。

ただし、ウルトラ・ベーシックとはいえ恒久的に所得保障が得られると分かったとき、人々がどう反応するかはまだ分かっていないので、RCT(ランダム化比較試験)などでの検討が必要となってくると思います。

また、就学前の教育を全員に行うヘッドスタート・プログラムや、職業訓練を行う就労支援が重要だとも言っています。

ただ、その場合にも、支援を受ける人の尊厳を尊重することが大事。「このプログラムはあなたを救うためのものです」ではなく、「新しいスキルを身につけることで、あなたは経済を救い、健全な経済に寄与するのです」と伝える、など。

極貧状態に陥ると、人は尊厳も行為主体性も奪われる。助けてもらったら感謝しなければならない、と言い聞かされる。たとえ助けを求めてなかったとしても、だ。尊厳を奪われた人は猜疑心が強くなりやすい。その態度が恩知らずだとか頑迷だなどと非難される。こうしてこの人たちはいよいよ深みにはまることになる。

Chapter9 救済と尊厳のはざまで

支援する側が支援される側を上から見ることなく、相手に敬意を払うことを忘れないようにしないといけないと思いました。

まとめ

ノーベル経済学賞を受賞した経済学者の本ですが、とても読みやすかったです。経済学と医学の共通点、格差に対する考え方、よい経済学と悪い経済学があるということ。

あと、表紙も好きです。

二人の前著『貧乏人の経済学』も読んでみたいと思いました。

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