【レビュー】『留魂録 吉田松陰の「死生観」』松浦光修

私の大好きなポッドキャスト&YouTubeチャンネルのコテンラジオで、吉田松陰、高杉晋作の回を聞いてすごくおもしろかったので、もっと知りたいと思ってこの本を読みました。

目次

吉田松陰の30年の人生

吉田松陰は、長州藩に生まれた思想家であり教育者です。松下村塾という私塾で近所の子供たちを教えていました。教え子には高杉晋作、久坂玄瑞など幕末の志士や、伊藤博文、山県有朋など明治政府で活躍した人物がたくさんいます。

幼い頃から勉学に励んだ松陰は、1852年ペリーが浦賀に来航したのを目の当たりにして、西洋文明の先進性に驚きます。そして、弟子の金子重之助とともに黒船に乗り込もうとして失敗、逮捕されます。その後二人は萩に移送され、別々の獄に入れられますが、それからわずか2か月後、金子は25歳という若さで病死してしまうのです。著者は、この出来事が松蔭のその後の人生や死生観に大きな影響を与えたのではないか、と述べています。

”自分が言い出した命がけの行動に、たった一人したがってくれた重之助が、自分より先に死んでしまった”という事実が、松蔭の心を、どれだけ苦しめたか、私たちには想像もつきません。
いずれにしても松陰の”ものの考え方”は、その出来事のあと、急速な”高まり”と”深まり”を見せます。それ以後の松陰の人生は、ある意味では”重之助の死”という出来事とともにあったといっても、よいのではないでしょうか。

はじめに『留魂録』の奇跡

1855年、自宅での幽閉処分となり、そこで松下村塾を開き、多くの若者に影響を与えます。1858年、アメリカとの間に不平等条約(日米修好通商条約)を結んだ幕府に激怒し、老中間部詮勝に条約破棄を迫り、聞き入れられなければ討つという計画を立てます。その計画は実行されませんでしたが、安政の大獄に伴って投獄された際に、聞かれてもいないのにその計画を自白してしまいます。その結果、松陰に死罪が宣告され、1859年、伝馬町牢屋敷で打ち首となりました(享年30)。

留魂録の奇跡

松陰の遺書と言われている『留魂録』は、処刑される前日に書かれたものです。現物は江戸から長州に送られ、文科生の間で回し読みされましたが、現在は残っていません。所々筆跡が違っていたようで、届けられる途中で一部が失われていた可能性があります。

しかし松陰は、同じ獄舎に入っていた沼崎吉五郎という人物に同じ冊子を預けていて、いつか獄舎を出たら長州藩の人間に渡してほしい、と頼んでいました。その約束を沼崎はしっかり果たし、17年の後に長州藩に届けられるのですが、その渡した相手が偶然にも、最後まで松陰の指示に従って行動した兄弟の一人、野村和作だったというのです。

この『留魂録』を今私たちが読めるのも、そんな奇跡のおかげです。まさに「留魂」という名のとおり、体は死んでしまっても魂はしっかりと受け継がれている、ということを感じさせられます。

吉田松陰の熱い思い

この本は、著者が松陰の死生観が現れている言葉を引用しながら、その言葉が書かれた時代背景とともに解説してくれています。松陰の言葉も、著者の解説も、すごい熱量を持っていて、どこを読んでも心が震えて涙が出そうでした。

この著者の特徴として「国のために」「自分を犠牲にしてでも」というところがちょっと強調されすぎかな、という気もしますが、日本の将来を本気で心配して、危険を顧みずに行動した人がいたからこそ、日本が植民地化されることなく、近代化への道を進むことができた、という事実を知ることは大事だと思いました。

とにかく松陰は、教育者として非常に素晴らしい人です。どんな相手にも偉そうにすることなく丁寧に接し、一緒に学ぼう、という姿勢を崩さない。でも、口だけ達者で実行が伴わないような弟子には、とても厳しい手紙を送ることもあります。

松陰は、”成果があがりそうなら行動するが、あがりそうになければ行動しない”という彼らの発想や態度そのものが、そもそも気に入らなかったのです。松陰からすれば、どのような最悪の状況下でも、というよりは・・・、最悪の状況下であるからこそ、立ち上がらなくてはならないのです。

第二章 死生に対す

至誠にして動かさざる者は、未だ之れ有らざる也

第四章 死生を決す

「死して不朽の見込みあらば、いつでも死すべし。生きて大業の見込みあらば、いつでも生くべし」
死んで自分が”不滅の存在”になる見込みがあるのなら、いつでも死ぬ道を選ぶべきです。また、生きて、自分が”国家の大業”をやりとげることができるという見込みがあるのなら、いつでも生きる道を選ぶべきです。

第四章 死生を決す

まとめ

最期のときまで学び続け、決して動じず処刑されていった松陰。その魂は、多くの弟子たちに引き継がれ、明治維新へとつながっていきました。これまであまり深く知りませんでしたが、すごく魅力的な人物だと思いました。

吉田松陰 辞世の句

身はたとひ 武蔵の野辺に 朽ちぬとも
留め置かまし 大和魂

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