いじめ、ヘイトスピーチ、ネットでの吊し上げ・・・なぜ人は集団になると過激な行動をしてしまうのでしょうか。
ヒットラーによる独裁政権をモデルに、集団で示威行動を行う体験授業を甲南大学で毎年行なっている田野大輔先生の本です。体験授業でやるのは次のようなこと。
こんなバカらしい集団行動、みんな本気にならないんじゃないかな。
意外にそうでもなくて、授業後に学生さんに感想を聞くと、みんなやってる最中に高揚感や、責任感の麻痺を感じたそうだよ。
田野先生の専門は歴史社会学・ドイツ現代史で、特にナチス時代のドイツを研究対象としています。もちろん授業の目的は、ファシズムの危険性を認識してもらうこと。
ファシズムは決して過去の異常な状況でのみ起こることではなく、恐怖で押さえつけられて正常な判断ができなくなった国民だけに起こるものでもない。強力な指導者がいくつかのポイントを押さえれば、いつでも起こりうる、ということがよくわかって怖くなる本でした。
ファシズムとは
本書ではまず、ヒトラーがドイツで行った独裁政権を振り返り、ファシズムがどのように生まれ、その本質は何なのか、というところから解説しています。
ファシズムとは、歴史的には第一世界大戦後のドイツやイタリアで台頭した独裁的・全体主義的な政治運動・体制を指します。著者はさらに、ファシズムの本質として、集団行動がもたらす独特の快楽、参加者がそこに見出す「魅力」があると主張します。
大勢の人々が強力な指導者に従って行動するとき、彼らは否応なく集団的熱狂の渦に飲み込まれ、敵や異端者への攻撃に駆り立てられる。ここで重要なのは、その熱狂が思想やイデオロギーにかかわりなく、集団的動物としての人間の本能に直接訴える力をもっていることだ。
はじめに
全員で一緒の動作や発声をくり返すだけで、人間の感情はおのずと高揚し、集団への帰属意識や連帯感、外部への敵意が強まる。この単純だが普遍的な感情の動員のメカニズム、それを通じた共同体統合の仕組みを、本書ではファシズムと呼びたい。
つまり、強力な指導者のもので集団行動をすることで人々の抑圧された欲求を解放し、外部の敵への攻撃に誘導する、という手法です。権威への服従を基盤としながら、敵の排除を通じて共同体を形成しようとすること。これがファシズムの基本的な仕組みです。
体験授業の概要
授業は体験学習だけではありません。実際に集団で誰かを糾弾するという行為で起こる感情は、さらなる個人崇拝や差別を生み出しかねません。まずは9コマかけてしっかり座学を行うそうです。そして、その後2コマの体験授業。その後は参加した学生さんの感想をもとに、詳細なデブリーフィング(振り返り)を行います。
座学では、有名な「ミルグラム実験」も紹介されます。被験者を教師役と生徒役に分けて、実験者の命令に従って教師役が生徒役に電気ショックを与える、というものです。最初は人に電気ショックを与えることに抵抗を示していた教師役も、実験者に促されるうちに(「私が責任を取るから」と言われて)徐々に強くなる電気ショックを繰り返し与えました。ここで大きかったのは、教師役には生徒役の姿が見えない、ということ。自分がやっているのは命令されてただボタンを押すということだけ。この状況では、自分が残虐な行動に加担しているという意識が薄れ、責任を感じなくなるのです。
- 独裁者を全員の拍手で決める→指導者が民主的に選ばれたと思わせる
- 独裁者に敬礼をし「ハイル、タノ!」と大声で叫ばせる→「共同体」を意識させる
- 誕生日順に席替えをする→小さな集団を分解し一人ひとりをバラバラにする
- 全員同じ制服を着させる→集団への帰属意識を植え付ける
- 集団の目的を確認する→外部の敵を攻撃するように仕向ける
- グラウンドに出て行進する
- カップルを取り囲んで大声で糾弾する
- カップルを退散させたらみんなで拍手して勝利宣言を行う
糾弾されるカップルはもちろんサクラで、体験授業に参加している学生もうすうすサクラだろうなと気づいています。それでもこの体験に没頭できるような工夫がいくつもされていることがわかります。
学生たちが、意識の変化を自覚できるくらい没頭させなければならない。その反面、その世界にハマりすぎないようにコントロールもしなければならない。なかなか難しい。アクティブラーニングは先生の腕が試されますね。
田野先生は、掛け声や集団の目的をあえて滑稽なものにしているそうです。学生がハマりすぎないように、どこかでこれは作りごとだという客観的な視点を持ち続けられるように、との配慮からです。
授業の感想
この講義で一番大事なのは、体験授業の後のでブリーフィングだと思います。学生さんたちの感想を聞いて、ファシズムの基本的な仕組みや、自分の感じた気持ちを振り返ることで、理解がより深まります。
受講生の感想から得られたことは大きく3つに分けられます。
- 集団の力の実感
- 責任感の麻痺
- 規範の変化
集団の力
集団で行動することによって、自分の存在が大きくなったように感じ、集団に属することの誇りやメンバーとの連帯感、メンバー以外に対する優越感を感じる、というものです。これには全員で同じ制服を着る、ということも大きく影響しているようです。
責任感の麻痺
上からの命令に従い、みんなと同調して行動しているうちに、自分の行動に責任を感じなくなります。「指導者から指示されたから」「みんなもやっているから」という理由で、普段なら気がとがめるような「他人を大声で糾弾する」という行為ができてしまいます。これはまさにいじめ(ネットでもリアルでも)の構造だと思いました。
規範の変化
最初は恥ずかしいと思っていても、参加し行動しているうちに、命令を遂行するのが当たり前になり、真面目にやっていない人に対して「ちゃんとやれよ!」という気持ちが出てきたそうです。「250人もの人間が同じ制服を着て行動すると、どんなに理不尽なことをしても自分たちが正しいと錯覚してしまう」という感想もありました。
まとめ
ファシズムは決して遠い国で昔に起きた、訳のわからない話ではないということがよくわかりました。大学生は、いろんな勧誘とか宗教とかにハマりやすかったり、ネットで特定の誰かを叩くなどの行為に参加してしまいやすい時期なのかなと思います。そのような時期にこうやって「上から指示されて集団で行動することに高揚感を感じたり、他人をみんなで糾弾してしまうかもしれない」ということを実際に体験するのは、とても重要なことだと思いました。
いつもよく聞いているポッドキャストの「コテンラジオ」でもちょうど今ヒトラーの回を聞いているので、よりおもしろく読めました。
フェイクニュースやデマに惑わされないためにどうすればいいか、を書いた『まどわされない思考』について以前レビューしました。ファシズムでよく使われる「善と悪」などの二分法のほか、さまざまな誤謬(ごびゅう)が説明されています。
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