【レビュー】不況時こそ公衆衛生対策を『経済政策で人は死ぬか?』

どの社会でも、最も大事な資源はその構成員、つまり人間である。

この本は、アメリカのサブプライムローン問題に端を発する世界金融危機とリーマンショック後の世界同時不況の際に出版されました。

著者は、オックスフォード大学の政治経済学・社会学教授のデヴィッド・スタックラーと、スタンフォード大学医学部疫学研究センターのサンジェイ・バスの2人です。

公衆衛生学と政治経済学が専門のスタックラーと、医学・統計学が専門のバスという2人が、経済危機と死亡・疾病動向の関係を研究してきた成果を、一般の読者にもわかりやすいように書いたのが本書です。

新型コロナウイルス流行に伴い、経済活動が縮小しているこの時期にも、経済活動と健康・公衆衛生とをどう考えればよいかが重要になってくると思い、この本を読みました。

目次

過去の「自然実験」に学ぶ

結果から言うと、国民の健康は経済状況に左右されますが、その不況対策の取り方によって、健康が悪化もするし、反対に良くもなる、ということです。

研究を重ねた結果わかってきたのは、健康にとって本当に危険なのは不況それ自体ではなく、無謀な緊縮政策だということである。セーフティネットの予算が削減されると、経済的打撃である失業や住宅差し押さえと行った出来事が、何のクッションもなくそのまま健康への打撃につながってしまう。(中略)
セーフティネットはわたしたちの健康を左右する決定的な支えである。政府が社会福祉(住宅支援、失業対策、年金、医療など)に賢く投資すれば、本論で詳しく述べるように、国民の健康状態は良くなる。

まえがき

不況によって失業が増えることに加えて、セーフティネットも削られてしまうと、仕事を失ってまさに助けが必要なときに、必要な助けが得られないという二重苦に陥ることになってしまいます。

そのことを、著者らは、実際の歴史的事実から得られたデータを詳しく調査することによって、明らかにしています。

その手法は「自然実験」と呼ばれるもので、同じような不況に巻き込まれた地域で、異なる政策を実施した事例を調べ、そのデータを分析することで、社会経済政策の健康への影響を知ろうとする試みです。

本書で取り上げられている自然実験

  • 1930年代アメリカの大恐慌時にニューディール政策を採用した地域としなかった地域
  • 1992年ソ連崩壊後に急速に市場経済へ移行した地域とゆっくり移行した地域
  • 1997年アジア通貨危機でIMFの緊縮経済指導に従った地域とそうでない地域
  • 2008年アイスランドが経済危機を乗り越えたのに対し、ギリシャが不況下で行った緊縮政策
  • アメリカの医療制度と国民皆保険の国との比較
  • 不況下での失業や家の差し押さえが健康にどう影響するか

以上の視点について、それぞれデータを示しながら解説がされています。

そのどれも、不況に対する政策、とくに緊縮政策を行い公衆衛生分野の予算を削った場合に、国民の健康が悪化するということを示していました。

健康に影響を与えるのは不況そのものではなく不況対策の方法

私は、何となく不況だと失業率が上がって、うつ病が増えて自殺が増える、アルコール依存が増えて死亡率が上がる、栄養が悪くなって感染症が増える、のかなと予想していましたが、この本を読んで、決して不況=死亡率上昇、というわけではなく、不況に対してどういう政策を取るか、が非常に重要だということがわかりました。

アイスランドの例のように、不況下でも保健医療分野の予算は削らず、逆にセーフティネットを手厚くすることで、死亡率が他の国と同じように下がっていく、ということも示されています。

今のこの日本でも、経済政策を考えるうえで非常に示唆に富む内容なのではないでしょうか。

ボディ・エコノミック

最後に、著者らは、ある経済政策の下に組織された集団、その政策に影響を受ける集合体としての国民(ないし人々)をボディ・エコノミックと定義しています。

そして、経済政策は、このボディ・エコノミックに大きく影響すると結論づけています。

もちろん経済政策それ自体は病気を引き起こす細菌でもなければウイルスでもない。それはいわば病気の”原因の原因”であり、ある人が健康上のリスクにさらされやすいかさらされにくいかを分ける要因である。
経済には、人々がアルコールを暴飲するようになる、ホームレスシェルターで結核に感染する、鬱病になると言ったリスクの程度を高めたり低めたりする力がある。高める方向に働けば死亡リスクが増大するが、低める方向に働けばそれは保護となり、ホームレス状態から脱したり、人生を立て直す人が増え、死亡リスクは減少する。
だからこそ、たとえ僅かな予算変更であっても、それがボディ・エコノミックにーときには予想外のー大きな影響を及ぼすことがある。(中略)
不況が原因で国民の一部が医療へのアクセスを絶たれるようなことは、あってはならない。国民の側も、不況でも、いや不況だからこそ、公衆衛生予算を守れと政府に要求するべきである。

結論 不況下で国民の健康を守るには

まとめ

本書は次の言葉で締めくくられます。

どの社会でも、最も大事な資源はその構成員、つまり人間である。したがって健康への投資は、好況時においては賢い選択であり、不況時には緊急かつ不可欠な選択となる。

結論 不況下で国民の健康を守るには

本書では、緊縮政策を行い健康への予算を削減した場合、おもに働き盛りの成人男性の自殺率、死亡率が増える、というデータが多く示されていましたが、財政危機のときには、一番弱い立場の子供たちへのしわ寄せが大きいのではないかとも思いました。

人々の健康を第一に考え、不況のときこそ健康への投資を優先してもらいたいものです。

経済政策で人は死ぬか?:公衆衛生学から見た不況対策

経済政策で人は死ぬか?:公衆衛生学から見た不況対策

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