アジア人として初めてノーベル経済学賞を受賞した、インドの経済学者アマルティア・センの講演集。アジア4カ国で行われた講演論文を集めた新書です。
アジアの発展戦略
アジアが経済発展を遂げてきた理由として、最初に日本で展開され、その後他のアジア諸国で実践され成功を収めてきた「東アジアの戦略」があると言います。その特色は以下の3つです。
・基礎教育が重視されていたこと
・教育・人材養成・土地改革・信用供与などによる基本的な経済エンタイトルメント(人々が十分な食糧などを得られる経済的能力や資格)の広範な普及
・開発計画において、国家機能と市場経済の効用の巧みな組合せが行われたこと
アジアで起きた経済危機から学ぶ教訓
経済的に発展してきたアジアですが、その後何度か経済危機を経験しています。そこから得られた教訓に関して、センは以下の5つを挙げています。
アジアの経済発展は揺るぎないものではないということ(発展における脆弱性)
経済危機が発生した時には、どの社会集団に属するかによって、境遇にかなり激しい格差が生じるということ(分裂する社会)
突発的に生じた困窮状態では、公正と経済的不平等の問題を「人間の安全保障」という文脈で考え直す必要があるということ(人間の安全保障と公正)
苦境にある人々を政府が支援できるように、民主主義の手段(選挙、多党政治、報道の自由など)はきわめて重要であるということ(民主主義の役割)
民主的自由の制限が多くの問題をもたらしているということ(保護のための安全保障、透明性の保証)
人間の安全保障
センが提唱した重要な考え方に、「人間の安全保障」というものがあります。これは、1994年に国連開発計画(UNDP)が発表した「人間開発レポート」の中でセンが初めて使った言葉です。センはこの「人間の安全保障」に関して、日本の故小渕首相が1998年の「アジアの明日を創る知的対話」基調講演で述べたコメントを取り上げて絶賛しています。
「人間は生存を脅かされたり、尊厳を冒されることなく創造的な生活を営むべき存在であると信じています」
なぜ人間の安全保障なのか
潜在能力(capability)
センの体系的学問の中で、最も重要な概念は潜在能力(capability)です。セン自身の定義によれば、潜在能力とは、「人が善い生活や善い人生を生きるために、どのような状態(being)にありたいのか、そしてどのような行動(doing)をとりたいのかを結びつけることから生じる機能(functioning)の集合」とされています。
そう言われてもちょっとわかりにくいですが、例えば、よい栄養状態にあること、健康な状態を保つこと、幸せであること、自分を誇りに思うこと、なども潜在能力の例として挙げられています。
そして、この「潜在能力」の拡大こそが発展というものの究極的な目標であり、それはまた同時に自由の拡大を意味するとも述べています。
私たちが生きる社会を作り上げているあらゆる制度は、私たちの潜在能力を拡大するものでなければならない、ということです。
エンタイトルメント・アプローチ
エンタイトルメントとは、先にも述べたように「食糧その他の生活必需品の購買力、突然に起こる権利の剥奪から己の身を守るなど個々の具体的な能力」のことです。
飢饉など大きな出来事が起こると、それまでは、飢饉の原因は食糧供給不足にあると思われていました。しかしセンは、飢饉はエンタイトルメントが損なわれた状態において発生するということを明らかにしました。
全体的な食糧供給の大幅な減少がなくても飢饉は起こりうるという事実は、飢饉の発生において経済的不平等が果たす役割を明らかにしてくれます。なぜなら、たとえば突然の大量解雇など、市場機能の急激な低下によって新たに生じた不平等のおかげで、ある社会集団に属する人々だけが飢餓に見舞われることもありうるわけです。
危機を超えてーアジアのための発展戦略ー
このようにエンタイトルメントが損なわれた状態をセンは「剥奪」状態と呼んでいます。
まとめ
本書に収録されている4つの講演論文を通して、アジアに対する深い愛情を感じました。
「アジアはよく発展してきたが、これからも危機に見舞われることはあるだろう。しかし私たちには立ち直る力がある。他力本願ではなく、私たち一人一人が行動の主体として、役割を果たしていくことが大切である」ということかなと理解しました。
おすすめの関連本
経済危機のときに、国がどのように対策を行うかが、国民の命に大きく関わるということが書かれた『経済政策で人は死ぬか?』もおすすめです。
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