「お前らの世代は、なんでもそういう風に合理的に片付けようとするけど、人間が生きるって、それだけじゃないからな」
『ぼくはイエローでホワイトで、ちょっとブルー』のブレイディみかこさんの新作です。ブレイディみかこさんは、いわゆる労働者階級が多く住む英国のブライトンという街に住んでいて、英国での人種差別、経済格差、教育格差をリアルな肌触りを持って私たちに伝えてくれます。
前作『ぼくイエ』の主役はみかこさんの息子さんたちフレッシュな少年でしたが、今回の主役は、「おっさん」。
『ぼくイエ』と同時進行で書かれていたそうで、例えていうならレコードのA面B面、互いに補い合うような作品になっています。
みかこさんの住む、イングランド南部の労働者階級の人たちの日常。日々の生活の中で感じる、世代間ギャップ。
本書を通じて、その世代間ギャップの象徴としてしばしば口論のもととなっているのが、イギリスのEU離脱(ブレグジット)問題というところが、政治の話が好きな英国っぽい。
愛すべきおっさんたち
本書に出てくる、フィクション?の登場人物がみんなちょっとかっこ悪くて哀愁漂っていて、でも憎めないおっさんたちばかりです。
20歳以上年下のやり手ビジネスウーマン(シングルマザー)と一緒に暮らし3人の子供の面倒を見ることになったレイ。
近所に住む中国人たちが嫌がらせをされていると知って頼まれてもいないのにパトロールを始めるスティーヴ。
不良から出世してブラックキャブの運転手になったテリー。
突然こんまりメソッドにハマってミニマリストになったサイモン。
どのエピソードも、可愛らしくてちょっと切ないものばかりです。
『ハマータウンの野郎ども』のその後
本書のベースになっているのが、文化社会学者ポール・ウィリス『ハマータウンの野郎どもー学校への犯行・労働への順応』という本。
「なぜ労働者階級の少年たちは反抗的で反権威的なくせして、自分から既存の社会階級の枠にはまり込んでしまうのか」を研究した本です。
そして、まさにこの年代の少年たちが成長して、立派なおっさんになった姿というのが、本書に登場するブレイディみかこさんの「連れ合い」やそのお友達なのです。
地道に働けば報酬が得られたおっさん世代と、地道に働いても報酬が得られるかどうかわからない今の若者たちとの間のギャップは埋めようとしても埋まらないのかもしれません。
少しくらい道を踏み外しても制度で保護された若者たちと、競争競争競争と言われて負けたら誰も助けてくれないばかりか、「敗者の美」なんて風流なものを愛でたのももう昔の話で、負けたら下層民にしかなれない若者たち。
8.ノー・マン、ノー・クライ
おとなしく勤勉に働けば生きて行ける時代には人は反抗的になり、まともに働いても生活が保障されない時代には先を争って勤勉に働き始める。従順で扱いやすい奴隷を増やしたいときには、国家は景気を悪くすればいいのだ。不況は人災、という言葉もあるように、景気の良し悪しは「運」じゃない。人が為すことだ。
英国は階級社会
英国は階級社会、とはよく聞く言葉です。ブレイディみかこさんの本を読むと、それが決して死語などではなく、現在も人々の意識にしっかりと組み込まれているものなのだということが分かります。
「労働者階級、中流階級、上流階級」という3つの分類は現在の英国社会の現状に合っておらず、現代では以下の7つに分けられるそうです。
- エリート
- エスタブリッシュト・ミドル・クラス(名声を認められた中流階級)
- テクニカル・ミドル・クラス(技術職に就く中流階級)
- ニュー・アフルエント・ワーカーズ(新しい裕福な労働者たち)
- トラディショナル・ワーキング・クラス(伝統的な労働者階級)
- イマージェント・サービス・ワーカーズ(新興のサービス業労働者たち)
2015年に行われた調査で、参加者のうち73%の人が「階級間を移動することはかなり困難だ」と答えたそうです。
また、本文中で触れられているとおり、英国の不況に伴う緊縮政策で、無料で医療を受けられるNHS(国民保健サービス)が縮小されるなど、格差が広がりやすい状況となっています。
英国在住者はすべて無償で等しく面倒見ますという太っ腹な国家医療制度に、国家がケチって財政を投入しなくなったから立ち行かなくなったのだ。で、財政を投入できない理由は「国が借金だらけで破綻するから」という、いつもの新自由主義(a.k.a.「小さな政府最高」主義)のギミックである。
14.Killing me softlyー俺たちのNHS
このあたりのことは、以前レビューした『経済政策で人は死ぬか?』という本にも詳しく書かれていました。
不況対策としての緊縮政策が人々の健康を悪化させるということがさまざまなデータをもとに解説されています。
まとめ
日本でも、世代間のギャップというのは確実にあるし、若者は「おじさん世代は暑苦しいんだよ」、おじさんたちは「最近の若者は欲がなくていかん」、などとお互いに思っているのかもしれません。
ブレイディみかこさんの鋭い観察眼によって描かれる英国の世代間ギャップ。
苦笑しながらも温かくおっさんたちを見つめる視線が優しい一冊でした。
政情がどうあろうと、時代がどう変わろうと、俺たちはただ生き延びるだけ。
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