受け身の学びから主体的な学びへ。
私たちは誰でも、「学び」は大切だと思っています。では、その「学び」とは何でしょうか。
記憶と知識の違いは何でしょう?
例えば、次の5つは、それぞれ記憶でしょうか、知識でしょうか。
- 1時間に2660桁の数字列を覚える
- 友達100人分の電話番号を暗記する
- 次々と提示される15個の単語を覚える
- 漢字を1か月で100個覚えて漢字検定1級に合格する
- プロ棋士が盤面をちらっと見た後全ての駒の布置を再現する
これらの問いに答えるべく書かれたのがこの本です。著者の今井むつみさんは、慶應義塾大学環境情報学部教授で、子供が母国語を習得する過程を研究することを通して、「主体的な学び」を明らかにしようとしています。
著者は「よい学び」を実現するために、自分は何を目的にして学びたいのかを考え、その目的のために最もよい方法は何かを考え、それを実践し続ける人を「学びの探求人」と名付けています。
本書は、「学びの探求人」になるために、人の記憶や思考の仕方、心と脳の中での知識のあり方、新しい知識の獲得の仕方などについて、認知科学の知見を交えながら解説した本です。
「記憶力がよい」とは?
記憶がよいということには、少なくとも次の4つの型があります。
- 瞬間記憶型
- 記憶力世界選手権チャンピオン型
- シャーロック・ホームズ型
- 将棋プロ棋士型
瞬間記憶型
情報をカメラで記憶するように一瞬で頭に焼き付け、それを保持して再現する能力が優れている人。
記憶力世界選手権チャンピオン型
新しいことをどれだけ短時間で覚えられるか。記憶すべき情報を後で取り出しやすいような形に変換することが上手な人。
シャーロック・ホームズ型
普通の人がまったく気に留めない事実に気づき、記憶する達人。
将棋プロ棋士型
棋譜の膨大なデータベースから目の前の局面を一瞬にして見つけることのできる能力。
このように、「記憶力がよい」ということは、もともとは意味のなかった情報に意味づけをする能力だったり、必要な情報を見極めてそれを細かく観察する能力だったり、目の前の情報をすでに頭に持っているデータベースと関連づけて分類する能力だったりすることがわかります。
知識とは何か?
では、知識とは何でしょうか。
日常の生活場面で、私たちが人の言っていることを簡単に理解できるのは、お互いが前提となる知識を持っているからです。
私たちは日常で起こっている何かを理解するために、常に「行間を補っている」。実際には直接言われていないことの意味を自分自身で補いながら、文章、映像、あるいは日常的に経験する様々な事象を理解しているのだ。行間を補うために使う常識的な知識、これを心理学では「スキーマ」と呼んでいる。
学びとは何か
書いてあることが表面的には理解できても、スキーマがないと何を言っているのかわからない。全く同じことが子供の記憶についても言えます。
子供は様々なことを学校で学びますが、先生の説明や教科書を理解するためにはやはり、様々なスキーマを使って行間を補うことが必要です。
人は、何か新しいことを学ぼうとするときには必ず、すでに持っている知識を使う。知識が使えない状況では理解が難しく、したがって記憶もできない。つまり、学習ができない、という事態に陥ってしまう。言い換えれば、すでに持っている知識が新しいことの学習に大きな役割を果たしているのである。
学びとは何か
生きた知識と死んだ知識
知識は体の一部になってこそ生きた知識となる。すなわち、頭で知っているだけの知識は使えない知識、体で覚えた知識は使える知識。
ではどのように学べば、知識は「生きた知識」になるのでしょうか。
生きた知識のわかりやすい例として、子供が母国語を習得する過程を見ていきましょう。
子どもの言語の習得の過程とは知識の断片を貯めていく過程ではなく、知識をシステムとしてつくり上げていく過程に他ならない。
ことばの意味の学び方
言葉をまだ話せない子供に、単語の意味は教えられません。
1歳半を過ぎる頃、子供は「思い込み」を持って、ことばの指す対象と範囲をすぐ決めてしまいます。
子供はあることばを最初に結びつけられたモノと「似ているモノ」全般に手当たり次第そのことばを使います。大事なのは、この「形ルール」は子供が自分で発見したものだということです。
語彙の学習で最も大事なことは、一つひとつの単語の意味を覚えることにとどまらず、新しい単語の意味をすばやく推測し、語彙を増やしていくための「学び方の学び」を学習すること。そこからさらに、単語同士の関係を学び、システムを作っていくのです。
知識のシステムを構築する
子供が母国語をすぐに使えるようになるのは、言語に関するどのような知識であれ、その知識がシステムであることを想定し、その端緒を自分で見つけ、知識の増やし方を見つけながら、統合されたシステムを作り上げているからなのです。
また、ことばを覚えることで抽象的な概念を自分で創り出すことができます。例えば、数の概念などです。
母国語のスキーマと外国語学習
母国語についてのスキーマを外国語に適用すると外国語の学習を妨げてしまいます。したがって、外国語の学習では、スキーマの書き換えが必要となります。
人が科学や外国語を学び、熟達していく上で大事なことは、誤ったスキーマをつくらないことではなく、 誤った知識を修正し、 それとともにスキーマを修正していくことなのです。
そして、学習の基本は模倣です。自分が実際に身体を動かして習得しなければ、何千回、何万回観察しても、熟達者と同じような脳の働き方はするようにはなりません。
ドネルケバブ・モデル
最も役に立つ「生きた知識」とは、断片的な知識をべたべた貼り付けるだけの知識ではなく、常にダイナミックに変動していくシステムです。この断片をべたべた貼り付けるだけの知識のことを、著者はドネルケバブ・モデルと呼んでいます。
システムをつくっていくためには、システムの外枠ができていることが大事だ。いったんシステムの外枠ができれば、新しい要素は最初からシステムの中にすでに存在している要素と関係づけられながら学習されることになる。このようにして知識は、互いに関係づけられない断片がドネルケバブのようにどんどん貼り付けられるのではなく、要素が互いに関係づけられる形で、構造を持ちながらシステムとして成長していくのである。
学びとは何か
思い込みによってすばやく思考システムを立ち上げ、誤りは後から修正すればよいのです。
熟達の先にある創造性
臨機応変な対処は、まさに熟練をベースにした創造的な問題解決そのものだ。長年の熟練により、いつもと違う状況で、いつもと同じことが通じないときに、他の人とちがうモノの見方、捉え方ができ、別の対応を考えることができるのだ。逆に言うと、何もないところから一気にまったく新しいものを生む創造性は存在しない。実際、多くの分野において創造的なパフォーマンスというのは、まったく存在しない要素を創り出すことではなく、すでに存在する要素をいままでにないやり方で組み合わせることから生まれるのである。
学びとは何か
「天才」とは思い込みにとらわれない人
臨機応変な対処は、まさに熟練をベースにした創造的な問題解決そのものだ。長年の熟練により、いつもと違う状況で、いつもと同じことが通じないときに、他の人とちがうモノの見方、捉え方ができ、別の対応を考えることができるのだ。逆に言うと、何もないところから一気にまったく新しいものを生む創造性は存在しない。実際、多くの分野において創造的なパフォーマンスというのは、まったく存在しない要素を創り出すことではなく、すでに存在する要素をいままでにないやり方で組み合わせることから生まれるのである。
学びとは何か
探求人を育てる
様々な現象に対して「なぜ?」と問う姿勢。知識は教えてもらうものではなく、自分で発見するもの、と認識することが大切です。
子供が探求人であるためには、親も探求人であることが欠かせません。
遊びの中から探究心を育むこと。
遊びの中で粘り強さを育てること。
探求人を育てるために必要なもの
大切なのは、遊びと、誤ったスキーマの修正
子供はもともと創造することは得意ですが、飽きっぽいという特性があります。したがって、子供のうちに鍛えなければならないのは、創造性よりもむしろ、難しいことをすぐに諦めず、粘りつよく続ける力になります。
その粘り強さを育むのが「遊び」です。
テンプル大学のキャシー・ハーシュパセクとデラウエア大学のロバータ・ゴリンコフは、子供の遊びの重要性を指摘し、次のような5原則を提唱しています。
- 遊びは楽しくなければならない
- 遊びはそれ自体が目的であるべきである
- 遊びは遊ぶ人の自発的な選択によるものでなければならない
- 遊びは遊ぶ人が能動的に関わらなければならない
- 遊びは現実から離れたもので、演技のようなものである
まとめ
受け身の学びから主体的な学びへ。アクティブ・ラーニングという言葉も、一般に聞くようになってきました。
では、そもそも学びとは何か。主体的に学ぶとは、どういうことか。それを、子供が母国語を習得する過程を研究することで明らかにしようとしたのが本書です。
知識は断片的な事実の寄せ集めではなく、システムです。
まずは体を動かして模倣すること、そして自分でとりあえず作り出したスキームが誤っていたら修正する。トライアンドエラーが重要だということがわかりました。
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