家族や職場の同僚とですら、気持ちがうまく伝わらないことがあります。ましてや、「よく知らない人」とのコミュニケーションとなると、すれ違いが起きて当たり前。
なぜ私たちは、相手の意図を読み間違ってしまうのか。それによるトラブルの数々を例に、考察している本です。著者は、現代アメリカを代表するベストセラー作家、マルコム・グラッドウェル。
よく知らない人とのコミュニケーションは難しいよね。
思いっきりすれ違ってしまうことがあるのはなぜ?
本書では、見ず知らずの人とのコミュニケーションについて考えるときに重要な4つの考え方が紹介されています。
- トゥルース・デフォルト理論
- 透明性
- アルコールの近視理論
- 結びつき(カップリング)理論
トゥルース・デフォルト理論
アメリカがキューバのスパイを見抜けなかった事件が例として取り上げられています。怪しいところはいくつもあったのに、それを見抜けなかったのはなぜか。
人間には「デフォルトで信用する」という傾向がある、と著者は書いています。つまり、私たちは基本的に、目の前の相手が正直であるという前提のもとに行動しているということです。
私たちはまず信じることから始める。説明がつかなくなるほど疑いや不安が高まるとやっと、私たちは信じることをやめる。
第3章 キューバの女王
実生活で関わる人の中で、嘘をつかない人と嘘をつく人だったら嘘をつかいない人の方が圧倒的に多いです。つまり、嘘を見抜くことが苦手だとしても、それは大した問題にはなりません。なので、私たちはデフォルトで相手を信じるようになっているのです。
たまに騙されるからといって、遺伝子の引き継ぎが妨げられたり、種の生存が深刻なほど脅かされたりはしない。一方、効率的なコミュニケーションは人間の生存におおいに影響を与える。つまりこの相殺取引では、利益の方がはるかに大きい。
第4章 佯狂者
「透明性」の嘘
私たちは、相手の表情からその人の感情を読み取っています。喜び、悲しみ、怒り、驚き・・・相手の行動や態度が、人が内側に持っている感情を示す確かな手がかりとなっている、という考え方を持っています。これを著者は「透明性」と表現しています。
しかし果たしてそうと言えるのでしょうか。裁判官が被告人と実際会って、その表情や態度を見た上で判決を下すほうが、コンピューターがデータのみから判断するよりも、再犯率が高い、というデータがあります。
また、私たちが相手の態度から得たイメージと、実際の相手が一致しないとき、嘘を見抜けない、ということも書かれています、例えば、本当は嘘つきの人が、いかにも誠実な正直者のように振る舞っているとき、嘘をつかれたとしてもそれを見抜けない、ということです。
飲酒時の近視理論
飲酒に関連する性的暴行事件が日本でも起きています。これも、よく知らない者同士が、お互いの意思を読み違えたということに原因があります。なぜそのようなことが起きるのか。お酒を飲んで酔っぱらうと、物理的に近くのもの、時間的にごく短時間先のことしか見えなくなってしまいます。
アルコールによって作り出されるのは、「眼のまえの経験についての表面的な理解が、行動と感情に不均衡なほど大きな影響を与える近視状態」だ。つまりアルコールは前面にあるものをより際立たせ、うしろ側にあるものをより目立たなくさせる。短期的な思考は大きく映り、認知能力をより必要とする長期的な思考は脇に追いやられる。
第8章 事例研究 社交クラブのパーティー
他人の意図を理解する、というプロセスにアルコールという要素が加わると、もともと難しい問題がまったく解決できない状態になってしまうのです。また、被害者が注意すべき、ということではなく、男性が加害者にならないために、このことをよく理解しておくことが大事、と書かれています。
若い男性たちは、「アルコールの適度な摂取は害のない行動である」という歪んだメッセージを社会から受け取っています。正しいメッセージは、「自身にたいして責任を持つ能力を失ったとき、性犯罪の加害者となる可能性が劇的に高まる」というものです。アルコールの役割を認めることは、加害者の行動を許す行為ではありません。より多くの若い男性が加害者になるのを防ぐための行為です。
第8章 事例研究 社交クラブのパーティー
結びつき(カップリング)理論
うつ病患者が自殺を考えたとき、そこに使える道具がなければ思いとどまるのか、それとも、別の方法を使ってでもやり遂げるのか。本書では、「極度に心が弱った特定の瞬間」と「簡単に利用できる特定の自殺手段」が組み合わさったときに自殺が起こる、という考えが紹介されています(もし、代替手段でやり遂げるとしたら、自殺者は毎年一定数のはずだが、実際は毎年大きく増減しているから)。
このように、見知らぬ他人の行動は、それ単独で存在するのではなく、場所や文脈と密接に関連しているという「結びつき(カップリング)」理論で説明されます。
まとめ
本書では、よく知らない人とのコミュニケーションがなぜ難しいのか、について、たくさんの事例と理論をもとに説明されています。
取り上げられているたくさんの事例の中でも、著者が一番強調しているのが、2015年7月にテキサス州で起きたサンドラ・ブランドの事件です。これは、アフリカ系アメリカ人女性のブランドが、自家用車を運転中、白人警察官に方向指示器を出していないという理由で止められ、そのやり取りの中でお互いの主張が最初から最後まですれ違った結果、無理やり車から下ろされそうになったのに抵抗して逮捕されてしまいます。ブランドはその3日後に留置所で自殺してしまったという事件です。
このブランド事件がなぜ起きてしまったのか、著者はそれをずっと考えていたんだと思います。2020年にも同様の事件が起きて全米で大きな問題となりました。警察官は、デフォルトで相手を信用する人間の本能に抗わないといけない職業です。それが最初からすれ違いのもとになったのかもしれません。
私たちは「よく知らない相手」に対してどのような考え方をするのか、それはつまり、相手が自分のことをどう考えるのか、を知ること。その考え方を知ることで、すれ違いをできるだけ小さくできるのではないでしょうか。
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